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千葉地方裁判所 昭和49年(ワ)521号 判決 1978年6月19日

原告 田山シヲ

右訴訟代理人弁護士 高橋勲

右訴訟復代理人弁護士 高橋高子

右同 田村徹

被告 株式会社長谷川工務店

右代表者代表取締役 水上芳美

被告 丸江基礎興業株式会社

右代表者代表取締役 江野耕司

右両名訴訟代理人弁護士 黒笹幾雄

主文

一  被告らは原告に対し、各自金一五、二五九、二九六円とこれに対する昭和四八年四月二七日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求は棄却する。

三  訴訟費用はすべて被告らの負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分にかぎり執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金三五、八四二、六三一円及びこれに対する昭和四八年四月二七日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

原告は、後記労災事故で死亡した訴外亡田山康健(昭和一九年一月六日生、以下訴外亡康健という)の実母である。

被告長谷川工務店は、建設工事一般等を業とする株式会社であり、後記「興和行徳ハイライズ」の建築を、訴外日綿実業株式会社(以下訴外日綿という)より請負い、直接又は下請業者を介して工事を遂行していたものである。

被告丸江基礎興業株式会社(以下被告丸江興業という)は、被告長谷川工務店の下請である訴外東新基礎工業株式会社(以下訴外東新工業という)より、右「興和行徳ハイライズ」建築工事の基礎工事を再下請し、右工事現場において杭打工事を行っていたものであり、訴外亡康健を死亡時まで雇傭していたものである。

2  事故の発生

訴外亡康健は、被告丸江興業の従業員として、同じく従業員である訴外亡工藤清とともに、昭和四八年四月二六日正午ごろ、市川市南行徳第二土地区画整理組合九二―一ブロック二ロット地内における訴外日綿実業を建築主とし被告長谷川工務店の設計施行にかかる鉄筋コンクリート造地上七階建共同住宅建坪一、六七三・八〇平方メートル「興和行徳ハイライズ」新築工事現場において、杭打機(総重量四〇トン、ハンマー重量一〇トン、支柱の高さ二一メートル)をもって、コンクリート製HSパイル(径五〇センチ、長さ一二メートル)三本を基礎杭とする杭打作業中、杭打機が傾いたため、訴外亡康健と右工藤は、杭打機のリーダー(支柱の直径約六〇センチ)に登り、傾きを直すためのワイヤーを取り付けていたところ、右抗打機が横転し、訴外亡康健は杭打機支柱の下敷きとなり、頸椎骨折・胸部複雑骨折・右大腿部骨骨折の傷害を受け、即死した。

3  被告らの責任

(一) 被告長谷川工務店の責任

(1) 被告長谷川工務店は、右工事の設計施行者であり、本件事故の発生した工事現場の占有管理を行っていたものである。

右工事現場は、湿地帯を埋立てて造成された著しく軟弱な地盤であったから、本件のごとき杭打工事を行う上では極めて危険な場所であり、本来かかる工事を遂行していく場合には、地盤を薬品を利用して凝固させるか又は覆工板を十分安全を保ちうるように地面に敷設した上で行うべきであった。

したがって、かかる措置が十分とられていなかったことが本件事故の原因となっているものであるから、民法七一七条の土地の工作物の設置または保存に瑕疵があったというべきであり、同被告は、同条により原告の後記損害を賠償する責任がある。

(2) 被告長谷川工務店は、訴外日綿実業から本件工事を請負い、そのうち基礎工事を訴外古川株式会社に請負わせ、同工事の杭打工事全般は、東新工業が請負い、さらにそれを被告丸江興業が請負い、杭打機を持ち込んで右現場の基礎工事を行っていたものであり、被告長谷川工務店は、労働安全衛生法に基づく特定元方事業者として、同一現場で作業が行われることによって生ずる労働災害を防止するために、協議組織の設置および運営を行うこと、作業間の連絡・調整、作業場所の巡視、関係請負人が行う労働者の安全衛生のための教育に対する指導援助、以上のほか、同一の場所において作業が行われることによって生ずる労働災害を防止するために必要な事項を講ずる等、労働者の命と健康を保持するための責務を負っている者であり、本件工事遂行にあたっては、総括的管理者として同被告会社の職員である今中正を現場事務所に常駐させ、同人をして下請業者およびそこで働く労働者に対し、直接的に指揮監督を行っていたものであるところ、同人は、災害を未然に防止するための上記のとおりの有効適切な措置をとらず、又その指示を怠り、上記下請である被告丸江興業の従業員である亡康健を本件事故により死亡させたものであるから、民法七一五条一項により、原告の後記損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告丸江興業の責任

被告丸江興業は、本件杭打工事を遂行するに当り、現場の状況を見分し、地盤が軟弱であることや杭打機の状況を十分確認し、事故などが発生することのないよう安全を確認し、しかる後に訴外亡康健ら従業員を同工事に従事させるべき注意義務があったのに、これを怠り、漫然と右康健らを現場に派遣し作業に従事せしめたために本件事故を発生させたものである。かかる被告丸江興業の行為は、民法七〇九条に該当し、原告の後記損害を賠償する責任を負う。

4  損害

(一) 訴外亡康健の逸失利益 三〇、一三二、六三一円

訴外亡康健は、昭和一九年一月六日生れの死亡当時満二九歳の健康な青年であり、当時丸江興業に雇傭され、一日平均七、九八三円(丸江興業に勤務した2月26日以降の総収入)191,600÷(労働実日数)24の賃金を得ていた労働者であるところ、一月平均の労働日数を二五日とみて、その賃金は月額一九九、五七五円、年額二、三九四、九〇〇円となり、第一二回生命表による平均余命は四一年、就労可能年数は満六七歳までの三八年間となるから、前述した年額の収入から生活費を四割控除し、それをもとに新ホフマン式計算法により中間利息を控除すると、金三〇、一三二、六三一円が逸失利益となる。

(2,394,900-2,394,900×0.4)×20.970=30,132,631

(二) 慰藉料 八、〇〇〇、〇〇〇円

(1) 訴外亡康健について

亡康健は、前述した被告らの不法行為により若い命を奪われ、その慰藉料は、金四、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

(2) 原告について

亡康健は、原告の長男であり、原告へ仕送りし、原告の康健に寄せる期待と愛情は格別のものがあった。原告は、本件事故以来、病気がちになってしまったこともあり、前述したように、被告らの本件事故に関しての安全保護義務違反の重大性、さらに事故後の誠意のなさ等を総合し考慮すると、原告本人の慰藉料として、金四、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

(三) 原告は、亡康健の相続人として右の(一)及び(二)の(1)の各金員の請求権を相続した。

(四) 弁護士費用

本件事故に関する損害賠償につき、被告らに誠意がなく、原告は本訴提起を原告代理人弁護士に委任せざるを得なくなり、着手金及び報酬として全損害額の一割の範囲内である金二、五〇〇、〇〇〇円を支払う約束をし原告はこれを負担した。

(五) 損益相殺

原告は、労災保険の遺族補償一時金として、すでに金四、七九〇、〇〇〇円を受領しているので、これを差し引くと、金三五、八四二、六三一円が損害となる。

5  よって、原告は、右損害金合計三五、八四二、六三一円及びこれに対する本件事故の発生の翌日である昭和四八年四月二七日より年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1の事実中、原告が訴外亡康健の実母であることは否認し、その余の事実は認める。

2  請求原因第2の事実は認める。

3(一)  請求原因第3の(一)(1)の事実のうち、被告長谷川工務店が行徳ハイライス新築工事の設計施行者として届出ある事実は認めるが、その余は否認。

(二) 同(一)(2)の事実中特定元方事業者が被告長谷川工務店であること、同被告より訴外古川株式会社がその基礎工事を請負い、同会社より訴外東新工業が、同会社より更に被告丸江興業がこれを請負ったこと、事故発生当時右工事敷地で被告丸江興業の手で杭打工事が行われていたことを認め、その余は否認。

(三) 同(二)の事実は否認。

4(一)  請求原因第4の(一)のうち、訴外亡康健が昭和一九年一月六日生れであること、死亡当時二九歳の青年であったこと、当時被告丸江興業に雇傭されていたことを認め、その余は否認。

(二) 同(二)の(1)、(2)は争う。

(三) 同(三)は否認する。

亡康健は、本件事故により即死したもので、慰藉料請求の意思表示をした事実もなく死亡とともに消滅したというべきであり、原告において右請求権を承継することはできないものである。

(四) 同(四)は否認。

(五) 同(五)の事実中、原告が労災保険遺族補償一時金としてすでに金四、七九〇、〇〇〇円を受領していること不知、損害額は争う。

三  被告長谷川工務店の抗弁

1  仮りに、工作物の瑕疵による責任ありとしても、被告長谷川工務店は、現地の地質につき綿密周到なる地質調査を遂げた結果、地表下には砂礫、シルト層等が堆積しているが、その下部の地盤の基礎構造自体の強度は十分であることが判明し、右地質について基礎工事を実施するにつき災害防止につき万全の設計施策を講じ、注意をつくしたものである。

2  仮りに、被告長谷川工務店に使用者としての責任が認められるとしても、右基礎工事実施にあたって、関係人に対し、災害を未然に防止するため有効適切な規準を定め、その実施の指示を与え、規準の厳重遵守を訓示するなど、事業の監督に相当の注意をなしたものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2いずれも否認。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者の地位について

《証拠省略》によれば、原告が訴外亡康健の実母であることが認められ、被告長谷川工務店は、建設工事一般等を業とする株式会社であり「興和行徳ハイライズ」の建築を訴外日綿より請負い、直接又は下請業者を介して右工事を遂行していたこと、被告丸江興業は、被告長谷川工務店の下請である訴外東新工業より、右建築工事の基礎工事を再下請し、右工事現場において杭打工事を行っていたものであり、訴外亡康健を死亡時まで雇傭していたことは当事者間に争いがない。

二  本件事故について

1  訴外亡康健は、請求原因2記載の日時場所において、主張の新築工事の基礎工事のため杭打機をもって杭打作業中、杭打機が傾いたため訴外工藤とともに、杭打機のリーダー(支柱―長さ二一メートル・直径約六〇センチ)に登り、傾きを直すためのワイヤーを取り付けていたところ、右杭打機が横転し、訴外亡康健は杭打機の支柱の下敷きとなり頸椎骨折・胸部複雑骨折・右大腿骨骨折の重傷を負い、右傷害により即死したことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件基礎工事は、昭和四八年四月ころ着工され、被告丸江興業は、同月二〇日ころ本件現場に杭打機を搬入し、オペレーターとして訴外鈴木是雄、杭打鳶職として訴外亡康健と訴外工藤を派遣し、杭打機を操作する鈴木の指揮のもとに右三名が一組となって本件杭打工事に従事していたこと、杭打鳶職としての訴外亡康健らは、たまかけと称し、地中に打込むコンクリートパイルにワイヤーをかけて、これを杭打機に吊り上げさせ、杭打場所に誘導固定する作業と、地中に打込まれた杭とその上に接続する杭との熔接を、その仕事の内容としていたこと、本来たまかけ作業に従事するには一定の資格が必要であったが、右康健・工藤はその資格を取得していなかったこと。

(二)  本件事故現場は、同年三月中旬以降被告長谷川工務店が湿田を埋めて造成したものであり、本来事故現場付近は、江戸川河口付近に位置する低地であり、造成地直下は極めて軟弱な地盤であったこと、同土地は、造成直後のことでもあり、地表はぬかるみ状となり、事故当時、人間が歩行するにも靴が半分以上土中にめり込み、水たまりも一面にあったこと、ために車も入れないような状態であったこと、杭打機はそれ自体の総重量は四〇トンにも及ぶものであるから杭打を始めるについては、杭打機の下に覆工板を敷設して、杭打機の安定をはかった上、作業を行っていたが、本件事故の二日前である四月二四日にも、地盤が軟弱であったため杭打機が傾いたことがあり、東新工業の現場代人小川を介して覆工板の注文をし、翌二五日は雨のため作業は行われず、翌二六日、訴外亡康健らは、本件杭打機を使用して覆工板を追加敷設し、作業を再開したが、同日午前中杭打機が再度傾き、この時は、訴外亡康健らが杭打機の支柱に登ってワイヤーをかけ、これをブルドーザーでひっぱって傾きを直し、杭打ちを続行したこと。

(三)  同日正午ころ、杭打機右後方にある杭にワイヤーをかけてつけ上げ、杭打機の支柱を旋回させ杭心に収めようとした時、杭打機が左に傾いたこと、鈴木オペレーターは支柱を垂直に戻そうと操作したがますます支柱が傾くので操作を中止し、東新工業の現場代人訴外小川(現姓野口)を通じて被告長谷川工務店の現場事務所に連絡し、一方、亡康健と工藤は前回同様に傾きを直すためワイヤーを持って杭打機の支柱にかけ登って、ワイヤーを支柱にかけ、亡康健は支柱の地上五メートル付近に、工藤は地上一〇メートル付近におり、鈴木がワイヤーの一方の端をブルドーザーに結びつけているときに杭打機が左に横転し、訴外亡康健は支柱とともに地面にたたきつけられ支柱の下敷きとなり、即死したこと、また工藤は重傷を負ったこと。

以上の事実を総合すれば、杭打機の傾いた原因は、主として地盤が軟弱であったため、同地上に敷設した覆工板が、その効を奏せず、杭を吊り上げた重みと振幅のため、左方の地中にめり込んだことと、後記認定の覆工板の敷設がづさんであったことも加わり、生じたものということができる。

三  被告長谷川工務店の責任について

本件事故は、土地の工作物の設置、保存に瑕疵があった旨の主張について検討する。

本来土地の工作物とは、一般に土地に接着して人工的作業を加えることによって成立したものと考えられ、本件のごとく、湿田を埋立て、宅地として作出された造成地それ自体も広く土地の工作物と解するのが相当である。

被告長谷川工務店が、本件新築工事の設計施工者であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すれば、同被告は、新築工事の敷地四、二五〇・五九平方メートルについて、湿田を開発して宅地として造成する許可を受け、昭和四八年三月中旬以降これを埋立て、同土地上に同被告の設計施工にかかる上記共同住宅を建築すべく、その基礎工事に着手したものであるが、本件工事現場に事務所を設け、職員である訴外今中正を現場管理責任者として常駐させ、新築工事現場全体を全般的に支配占有すると共に工事の施工全般について管理監督していたものであること、本件事故現場は、上記認定のとおり、軟弱な地盤に位置し、湿田を埋立てた造成直後の土地であるから、ぬかるみ状を呈していたものであり、斯る造成地において総重量四〇トンに及ぶ杭打機を搬入し、径五〇センチ、長さ一二メートルに及ぶ基礎コンクリートパイルの打込み作業を行うについては、建設工事一般等を業とする同被告において、同作業を安全に遂行し得る地盤の状況に至っていないことを容易に判別し得るものというべく、土質を凝固させる薬品を使用するとか、埋立地の自然の沈下凝縮をまつとか、又は作業現場に新に土砂、砂礫を搬入して地質を強固にするとか等の方法を用い、上記杭打作業を安全に施行するに耐える地盤とする必要があるものというべく、斯る方策を採らずに、軟弱な造成地上において直ちに杭打作業を行わせ、更に事故二日前にも本件杭打機が傾いたこともあり、下請から地盤が軟弱であるとして、覆工板の注文を受けたにも拘らず、何等地盤を改良すべき措置を採らないまま本件事故に至ったものであり、これは、杭打当時における造成地の設置保存について瑕疵があったものといわざるを得ない。

以上であるから、被告長谷川工務店は、民法第七一七条の責任を負うものというべきである。

四  被告長谷川工務店は、災害防止につき万全の設計施策を講じて注意をした旨を主張するが、《証拠省略》によっても、覆工板を適正に敷設することと、杭を吊り上げる際の注意を与えたに過ぎず、他に特段の対策を採ったことは認められず、事故の発生を防止するにつき必要な注意を尽したものとはなし得ない。

五  被告丸江興業の責任について

前記認定のとおり、被告丸江興業は、本件事故現場にオペレーターの鈴木是雄、たまかけ作業員として訴外亡康健、訴外工藤の三名を一組として派遣し、杭打作業に従事させたものであるところ、本来、杭打作業は、杭打機自体の重量、パイルの重量、その作業内容から推して、大きな危険が伴うものであり、これを安全に遂行するためには、たまかけの資格をもつ者をその作業に従事させるべきは勿論、まず作業現場の安全性を確認すべく、本件現場は上記のとおり、湿田を埋立てた造成地であり、ぬかるみ状となって水たまりもある場所であるから、一見して地盤が軟弱であることが容易に推測され、斯る場合は、特定元方事業者である被告長谷川工務店に対し、工事を安全に遂行するための有効適切な処置を要求すると共に、その処置がなされたか否か、杭打機械の設置が適切になされるか否かを確認し、工事に従事する者に対しても、その状況に応じた作業方法について具体的な指示、注意を与えると共に、同工事の進行に伴い随時これを監視する等、災害の発生を未然に防止すべき義務があるというべきである。被告丸江興業はこの義務に違反し、たまかけの資格のない訴外亡康健、同工藤を同作業に従事させた上、杭打の安全を図る具体的な方策を採ることもなく、作業に対する適切な指示監督を怠った結果本件事故を惹起せしめたものといわなければならない。

それゆえ、被告丸江興業は民法七〇九条の不法行為責任を負うべきである。

六  過失相殺

本件事故による損害を検討するにあたり、訴外亡康健についての過失を検討する。

前記認定の如く本件工事現場の地盤は極めて軟弱であり、このような場合被告らは事故の発生を未然に防ぐため安全に対し充分配慮する義務があるのは明らかであるが、訴外亡康健も、その状況に応じ、自ら工事が安全に遂行し得るように配慮すべき義務があることも当然であり、上記のとおり本件事故当日、康健らは杭打機の下に覆工板の追加敷設を行ったが、《証拠省略》によれば、杭打機後方部分は覆工板を井桁に組んで二重にこれを敷設してあるが、機体中央部分から機首にかけては、覆工板を横に並列して敷設するに止まり、その敷設方法もづさんであったため、これも覆工板が傾く一因となったものと考えられ、その上、傾いた杭打機に登るなど訴外亡康健にも責めらるべき点があるので、これらの事情を考慮し原告に二割の過失を認めるのが相当である。

七  損害について

(一)  訴外亡康健の損害

(1)  逸失利益 金一三、一四九、二九六円

訴外亡康健は本件事故当時満二九歳の青年であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、亡康健は、昭和四八年二月二六日より同年四月一〇日まで(四四日)被告丸江興業で働いたこと、この間の全収入は一九一、六〇〇円であること、従って一月の収入は一三〇、六三六円の賃金を得ていたこと(191,600÷44×30=130,636)従って、年収は金一、五六七、六三二円となり、厚生省発表の就労可能年数表によると、訴外亡康健の可働年数は三八年であると認められ、又、その生活費は多くとも五割であることが認められるので、これらの事実にもとずいて計算すると、左記記載のとおり一六、四三六、六二一円となり、更に前記亡康健の過失を斟酌すると、一三、一四九、二九六円となる。

1,567,632÷2×20.970(38年の新ホフマン係数)=16,436,621

16,436,621×0.8=13,149,296

(2)  慰藉料 金二、八〇〇、〇〇〇円

訴外亡康健は事故当時満二九歳の健康な青年であり、本件事故の態様、前記康健の過失割合を考慮すると金二、八〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

(二)  原告の損害

慰藉料 金二、八〇〇、〇〇〇円

前記のとおり、原告は訴外亡康健の実母であり、本件事故により一朝にしてその子を失い、その精神的損害は大きく、これを慰藉するには少くとも金二、八〇〇、〇〇〇円を相当とする。

(三)  権利承継

原告は訴外亡康健の実母であり、《証拠省略》によると、訴外亡康健には妻子がなかったことが認められるので、結局、原告が訴外亡康健の損害賠償債権一五、九四九、二九六円を相続により承継したものというべきである。それゆえ原告は金一八、七四九、二九六円の損害賠償債権をもつこととなる。

八  損益相殺について

《証拠省略》によると、原告は訴外亡康健の死亡により労災補償保険から金四、七九〇、〇〇〇円の支給を受けたことが認められる。従って、これを、訴外亡康健の逸失利益、慰藉料、原告の慰藉料額の合計額合計一八、七四九、二九六円から差引くと金一三、九五九、二九六円となる。

九  弁護士費用

本件訴訟の難易、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金一、三〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。

一〇  以上の理由により、被告らは、各自金一五、二五九、二九六円およびこれに対する不法行為の翌日である昭和四八年四月二七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものというべきである。

それゆえ、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大内淑子)

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